こんにちは、桐生真也です。
なんだか少し前に年越しだったのに、気づけばもう年度末が近づいてきていますね。
一日がどんどん過ぎていくと感じるのは、歳を取るごとに一日の密度が薄くなっていくからだそうです。
学生の頃は日々色んなことが新しく、楽しく、充実していた。
社会に出て仕事を始めると、その頃に比べればやはり新しいことは少なく、同じことの繰り返しですからね。
長い一年だったと感じられるほどに、もっと楽しいことや新しいことに触れていければと感じます。
私達にとってはこの一年という期間、365日であるという世界共通の常識があります。
しかしこれは神様が決めたとかそういう話ではなく、誰かが決めたことですよね。
気になる!
なぜ一年は365日なのか、もっと解りやすい数字にすればよかったのに。
もっと言うなら、一日は何故24時間で一時間は60分なのでしょう、中途半端な数字に思えます。
普段から当たり前に認識している時間や日ですが、気になってしまいました。
浅い知識と拙い文章ですがご容赦ください。
気ままにお付き合いいただけたら幸いです。
年月日や時分秒は何が由来なのか
一年はどうして365日なのか?

一年が365日なのは、地球が太陽の周りを一周(公転)するのが約365日かかるからです。
正確には365.2422日かかるそうで、4年に一度閏年があるのは、この端数の調整の為なのだそうです。
調べてみて徐々に思い出してくる幼き記憶、小学生くらいで習っているのではなかろうか。
いえ、それでもいつだったのかも内容もはっきり思い出せないくらいには忘れていますが。
実は既に紀元前4000年程前の時点で、天体の動きから一年を360日くらいとしていたようです、やっぱり古代エジプトです。
そして現代の暦と限りなく近い一年としたのが、紀元前45年頃の共和政ローマの執政官であったガイウス・ユリウス・カエサルという人物。
一年を365.25日として、四年に一度調整の閏年が入るようにしたんです。
ユリウス暦と呼ばれるこの暦が、1582年にローマ教皇グレゴリウス13世の指示で改良され、現代のグレゴリオ暦に変わりました。
このグレゴリオ暦では一年を365.25日とするユリウス暦とは違い、400年に97回366日とすることで、平均した時の一年の日数が365.2425となり、正確な日数に限りなく近いものとなっているそうです。
こういう調べものの度に思いますが、頭のいい人の想像力とか発想力はもう意味不明なレベルですよね。
よくもまぁそんなことを思いつくというか、観察力が凄いといいますか。
現代のように計算機があるわけでもなく、正確に観測できるような機械もない時代で、目で見えた情報をきちんと整理して考察するというのは、とてつもない苦労と努力が必要なことでしょうから。
どうして12ヶ月なのか?

一年が12ヶ月なのは、月の満ち欠けに関係します。
一年間に12回月が満ち欠けを繰り返すことから、一年を12分割したようですね。
月が12回巡ると季節も一回りすると気がつき、12ヶ月となったようです。
月が関係するから〇月って言うのでしょうね、新年から何回目の月の満ち欠けって意味で。
先ほどの太陽のお話よりは観測もしやすそうではありますが、観測していたのは古代バビロニアの時代。
紀元前ですよ、記録媒体も石とか木とかそういう時代でしょう。
古代エジプトや古代バビロニアの技術力や文明の高さがうかがえますね。
ひと月が30日だったり31日だったりするのは何故か?

かつて使われたいた太陰太陽暦という暦では、ひと月は29日か30日でした。
月の満ち欠けは29.5日で一回りするため、29日と30日を交互に繰り返していたわけです。
そして一年の始まりは1月ではなく3月、農耕を基準にしていたためとのことです。
一年も365日ではなく355日であったため、3月を始めとして繰り返していくと、2月は端数となります。
2月だけが30日よりも大きく少ないのはこの月日の数え方の名残だそうです。
現在のグレゴリオ暦では調整され、誰もがお馴染みの月日の数え方となったわけですね。
一日が24時間・60分秒なのはどうして?

古代エジプトの人達は、まず昼を12分割しようと考えました。
日時計を用いて、昼の間を12時間に分けたのです。
同じく夜の時間も12分割し、一日を24時間としたようです。
しかしこの方法では季節によって日照時間も変わり、昼と夜の時間が変化していってしまいます。
それを、一日を均等に24分割しようと考えたのが、古代ギリシアの天文学者であるヒッパルコスでした。
ヒッパルコスによって均等な1時間となり、それが今日の24時間の元とされています。
ちなみに何故12分割なのかはハッキリと判明していないそうですが、有力な説としては指を使って数えやすいからというもの。
それなら10分割ではと私も思いましたが、どうやら昔の人々は片手で12まで数えていたようなのです。
やりかたとしては、親指を除いた4本の指の節の数を親指で触れながら数えていき、12まで数えたら空いた手の指を一つ折っていく感じです。
この方法であれば両手で60まで数えることができますね、試しにやってみるとわかります。
これは便利です、小学生が知ったら足し算引き算で大活躍間違いなしですよ。
計算が苦手な子は10以上になると指で計算できなくなってしまいますが、この方法なら60までいけます。
私が小学生の時に知りたかった、せめて子供にはこの方法を伝授しよう。
さて話を戻しますと、ヒッパルコスは円を360分割することを思いついたそうです。
何の話だと思うかもしれませんね、私も何だろうかと思いましたが続けますね。
この時代には既に一年がおおよそ360日くらいだと天文学的に判明していたため、円の一周を一年として、それを360分割したものが一日としたのです。
これが今日での円の内角は360度とした元とされているようですね。
そしてこれを更に60分割したのが後の天文学者であるプトレマイオス。
一日を60分割したものを”分”、分を更に60分割したものを”秒”として、天文学では今でも測量に使われているそうです。
この天文学の測量単位が、中世の頃に機械式時計が発展した際、時間にも適用さて今日に至るということみたいですね。
この60という数字、古代の天文学者の間ではよく使われていた数字だそうです。
古代バビロニアでは天文学に関わる計算をする際に、60進法(60毎に一桁増える)を利用していたそうです。
60という数字は、2~6の数字で割り切れる最も小さい数字であり、それが当時多くの計算に利用された理由ではないかとのこと。
それも理由な気もしますが、そもそも指で60まで数えていたから馴染みがあったからではないのではと、考えの浅い私は思ってしまうのですが…。
それはともかく、現在では以前お話した原子時計の1秒を基準としているので、計算の順番が逆になっています。
紀元前2000年の昔から考察されてきた時間の単位が、最新技術でより正確になっているということですね。
感想

遥か太古の昔から、空を様々な指標としてきた人類。
その一つの集大成ともいえる単位が年月日や時分秒というものであったのだと、新たに知ることができました。
星や天体の動きをつぶさに観察し、長い年月をその観察に費やしてきた先人たちが残した遺産とも言えますね。
彼らがその叡智で導き出したことが、6000年以上経った今も利用されている。
何だかスケールが大きすぎて、同じ人間とは到底思えないくらいです。
いつの時代にも、未来さえ動かしてしまう天才の努力があるのだなと、浅い感想などを抱いてみたり。
機材が揃っている現代ですら、一年間空の観察をしろと言われても答えは嫌です。
それを今よりも記録媒体もない、表現できる言葉だって少ない時代に、これほどの長い年月さえも越えて研究の記録が伝わっている。
もちろん当の本人たちは知る由もありませんし、想像すらしていなかったかもしれませんが。
なんだか壮大で、自分の生きている時代ではどんな変化が後世まで伝わっていくのか、楽しみでありつつ確かめられないのが残念です。
日頃から使っている”時間”、知ることができて大変満足しました。
それでは今回はこのあたりで。
あなたの大切な時間で読んでいただき、ありがとうございました。
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