こんにちは、桐生真也です。
社会の中にいると、どうしても誰かと比べられてしまうことがあります。
それは自分自身でもやってしまうことで、自分より優れた誰かと比べてしまって、落ち込んだり、悔しかったりします。
もっと頭が良かったとか、運動ができたらとか、美人だったらとか。
自分にないものを求めてしまって、心が苦しくなってしまいます。
でも、自分は劣っているとか思わなくていいんです。
今回は自分を大切にするための考え方をお話できたらと思います。
拙い文章ですがご容赦ください。
気ままにお付き合いいただけたら幸いです。
自分のことを認めてあげるために
自分を周りと比較しなくていいんです

先にもお話ししたように、社会に出ると自分自身を周りと比べてしまいがちです。
会社でも、学校でも、地域のコミュニティの中でも、インターネットの中の誰かとでも。
私にもたくさん経験があります。
自分よりも優れた能力を持つ人、自分よりもたくさんお金を持っている人、自分よりも綺麗だったりカッコよかったり。
自分のコンプレックスなんかだと、余計にその比較が大きくなってしまって、苦しくなってしまいますよね。
自分の劣っている部分が浮き彫りになって、明確に見えてしまって、見えていなかった”上”に気付いてしまう。
意識し始めてしまうと心がそれに支配されて、羨ましくなって、でも届かない現実に苦しんでしまいます。
どうして自分はダメなんだって、そんな風に思ってしまうんです。
でも、あなたはあなただと思うんです。
他の誰かは、他の誰かでしかないんです。
他の誰かのたった一部が優れていたって、だから何だというのでしょう。
あなたにしかないものは、必ずあります。
あなたのその繊細な心は、他の誰かの痛みを感じることができる素敵なものです。
誰かの長所を見つけることができる人は、それを褒めてあげることだってできるんですよ。
比べることができるということは、客観的に分析できる能力が高いということです。
自分を認めてあげてください。
あなたを認めてあげられるのは、あなたです。
自己肯定感とは、あなたの中で育まれるものです。
自己肯定感を求めて他人をこき下ろす人もいます、自分の方が優れていると思いたいから他人と比較する人もいっぱいいます。
それだって、そういう方法で自分を認めてあげているのです。
やり方はともかく、自分を認めるために行動していると言えます。
物事の見え方を変えてみるんです、自分に都合がいいように。
他人をこき下ろす人だって、自分に都合がいいように一部だけを見て、都合の悪いところまでは見ようともしません。
それでいいんです、何も問題ありません。
それを他人ではなく、自分の中に探してみてください。
自分の中で嫌だと思う部分を、こう考えればいいこともあるなという感じで、見方を変えるんです。
そして嫌だと思っていたことは考えないようにするのではなく、その都合のいい見え方で上書きするんです。
ふと思い出すように嫌な気持ちになるかもしれません、でもその度に上書きしてしまいましょう。
他の誰かに認められることは気持ちがいいですが、それも自分自身を認めていなければ意味がありません。
自分がそう思わないことを誰かに褒められても、疑問に感じたりしませんか?
そうかなぁ、そうでもないと思うけどって。
それは自分で認めてあげられていない部分だったからです。
誰かと比較しないで、世界に一人だけしかいないあなたをもっと見てあげてください。
勝ち負けじゃなく、そこまで積み重ねたものを見ましょう

勝負の世界って残酷です、容赦なく勝者と敗者に線引きされてしまいます。
負けることはダメなことだって、そういう風に考えてしまいます。
でもそんなことはありません、負けたっていいじゃないですか。
負けて終わりではありません。
負けるまでに考えたこと、努力してきたこと、それは経験となってあなたの中に積み重なっています。
それは確実に、あなたにとってのプラスです。
私のブログは、稼げるかという視点で見てみれば敗北も敗北、大敗です。
実際に稼いでいる人と比べた勝負なら、どうしようもなく雑魚と言えるでしょう。
ただ無駄だとは全く思いません。
ブログを始めようと思った時から今日までに考えたこと、調べた知識、この記事も含めて書き綴った言葉。
それは確かに私の中に蓄積されていて、これからの私に活かすことができます。
調べた知識が役立ったこともありました、私の行動でブログを始める一歩を踏み出した人もいました。
勝負だと考える必要すらありません、負けていると考えることもありません。
そういう経験をできたんです、やらなければ得られなかった経験です。
勝ち負けの結果にだけ価値を見出すのではなく、その過程にこそ価値があります。
では勝負です、でもあなたの勝ちでいいですよ。
そう言われて得た勝利に価値はあるでしょうか、勝ちは勝ちなのですけれど。
負けたからって何の価値もないなんてことないのです、勝ったから価値があるとも言い切れません。
もちろん勝てたら嬉しいでしょうし、負けたら悔しいでしょう。
でも勝敗なんて、他人から見て判りやすいから定めているだけですよ。
大事なのはあなたの中に積み上げたものです、それをちゃんと見ることです。
もし負けたのだとしても、あなたの中に積まれた経験は、あなただけの大切なものなのですから。
勝ったの負けたのを言う人は、勝敗にだけ囚われてしまって、とっても勿体ないと思います。
酸いも甘いも、その人を素敵にする大事なエッセンスなんですから。
おわりに

この人は素敵だなって感じる人って、色々な経験をしてきているんですよね。
しかも大抵は失敗をたくさんしてきています、成功し続けた人って少ないです。
苦しい経験や、悲しい経験を積み重ねてきて、その中で世界の見え方を変えてきたからこそ、行動や言葉に深みが出るのだと思います。
誰かと比較して苦しむでもなく、何かを羨んで求めるでもなく、自分の中に積み重ねた経験を通して世界を見つめる。
特別に優れていたからではないからこそ得られた経験なのだと思います、つまり多くの人にはその可能性があるということ。
勝者や成功者に囚われるのではなく、両方の視点から見ることができる。
私もそんな人間になれるように、積み重ねてきた今までを大切にして生きていけたらと思います。
そして私が積み重ねてきたもの、そこから生み出されるもの。
それを誰かの心を後押しできる言葉にできたなら、何よりも嬉しいことだと思います。
それでは今回はこのあたりで。
あなたの大切な時間で読んでいただき、ありがとうございました。
Radiotalkで音声配信もしていますので、興味がある方はぜひこちらも聴いてみてくださいね。
番組 #真也のFeelingNight #Radiotalk https://radiotalk.jp/program/155656
コメント