【心を通わせる】世界に広がる多様性、そのこれからと問題点

考え方

こんにちは、桐生真也です。

世界的に見ても、多様性という言葉を多く見かけるようになりましたね。

街中でも以前と比べて様々な服装や髪色を見かけるようになりました。

いいことだなと、私は感じています。

今までは周囲からの評価を恐れて隠すしかなかった自分を、少しずつでも表現できる世の中に変わってきたということですから。

日本では特に髪型や色、服装などがかなり厳しい社会だと思いますし。

ですが同様に、多様性=正当性ではないのも確かだと思うのです。

受け入れてもらいやすい世の中になってはきていますが、それでも実現が難しいこともあるでしょう。

今回はそんな多様性ついて考えてみようと思います。

拙い文章ですがご容赦ください。

気ままにお付き合いいただけたら幸いです。

人の数だけ違いがあって当たり前

人の心を構成しているのは、その人のあらゆることです。

外的要因で言うならば、性別、生い立ち、経験、環境、etc。

内的要因で言うならば、知識、考え方、感じ方、趣味嗜好、etc。

ありとあらゆる要素が複雑に重なって、今のその人があります。

DNA的に限りなく近い一卵性双生児でさえ、当然全く同じ人格にはなりません。

多様性があって当然なのです、例え完璧に同じ人間をコピーできたとしても、生まれた時点で全く同じではないのですから。

色々な人がいることが当たり前で、それぞれにそうありたいと願う心があるのだということを認める。

今はこの段階に来ているのではないかと思います。

社会が受け入れてくれる程度までの自己主張しかできなかったのですから、これだけでも大きな一歩なのではないでしょうか。

私が学生の頃なんて、髪の色をカラフルな色にするだけでも奇異の目を向けられ、派手だと否定されるような感じでした。

同じようなことをしている者同士か、余程見た目で判断しない人でないと受け入れるのは難しいことだったように感じます。

今では様々な色の髪を見かけますし、随分変わったと実感できますね。

鼻や唇にピアスを付けたままでもレジで働いている人も見かけましたし、随分と寛容になったようです。

見た目だけで人を判断し、批判や否定をするような時代でなくなったことは素敵なことだと思います。

まだ誰でもそうだとは言えませんし、全ての人が寛容になることはないでしょう。

否定的な人もいる、それも多様性の一つではないかと思います。

好きにはなれないけれど認めてくれる、そんな風に多くの人が考えられる時代になればもっと素敵ですね。

多様性を認めないことを責めるのは違う

多様性というものを世界的に認めるようになった半面、そんな世の中の動きを盾にして声高に主張する人もいます。

多様性を認めろ、我々の自由意思を認めるべきだと。

私個人の意見としては、この主張の仕方は自分勝手ではないかと思うのです。

多様性というものを悪用しているような、勘違いしているような。

多様性を認めていくことはいいことではありますが、それが必ずしも適しているかは別問題であると思います。

例えば誰かが亡くなったお葬式。

ご家族は当然悲しみに暮れている中で、明るすぎるほどの色を入れた髪の毛や、派手すぎる服装で訪れるのは適しているとは思えません。

状況や立場、その場所に適した姿というのはやはり無視すべきことではありません。

いわゆるTPOを弁えない多様性は、ただの自分勝手な自由に成り下がってしまいます。

それを認めろと言うのは、「私は自由にやらせてもらう、それを認めろ!」と言っているようなものですよね。

それは多様性ではないでしょう、ただの我儘や無礼です。

多様性を認めてくれやすい世の中であっても、こういった自己中心的な我儘まで多様性という名前で主張してしまったら、多様性を認めるべきではなかったとなってしまいかねません。

それでもこういった声の大きな人達は、認めないことを差別だと相手を批判します。

それは止めてほしいという相手の正当な理由を突っぱねて自分を認めろと主張するのは、やはりおかしなことではないかと思えてしまいます。

多様性を認めるかどうかよりも先に、まずはその場に則したルールやマナーといった部分を守れなければ、真っ当な主張さえも不利になってしまいますから。

性同一性障害やトランスジェンダーの方においても多様性の一つであると思いますし、その心の在りようを認めることは私も肯定的です。

ですが一時ニュースにあったように、男性の体で女性の心を持つ人が、宿泊施設などで女性の風呂に入ろうとして止められたという話がありました。

心は女性なのですから本人としては当然のことでしょうけれど、周りの女性はそうではありません。

突然男性が入ってくれば当然嫌でしょう、裸を見られることに抵抗を感じる人がほとんどですから。

これに対してトランスジェンダーの方は抗議したようですが、結局お断りされたようですね。

この件に関しても、現状の入浴施設は心の性別ではなく肉体の性別で区分けしているのですから、この抗議は施設管理者としても受け入れられないことでしょう。

なにより、心は見ることができず、証明もできません。

残念なことではありますが、これは現時点では覆せない事実で、特に性的な分野においては慎重にならざるを得ないでしょう。

心が女性であることは認めるにしても、不特定多数の人が許容できないことは受け入れられない。

これを認めてしまえば悪用する人が必ず出てきます、そういった可能性を考慮に入れれば施設側の判断は当然と言えます。

この世論の中でしっかりと拒否する決断を下したのも、未来を見据えた上での決断でしょう。

社会や施設のルールは大勢に対して必要なものを定めていますから、個人的な主張を安易に通してしまえばルールが崩壊してしまいます。

一度でもそれを許した前例を生んでしまえば、以降も拒否するのが難しくなってしまいます。

難しい問題です、現状の解決策としても、グループで予約して一緒に入れる風呂がある施設を選ぶか、水着による混浴かしかないでしょう。

社会的にこういった多様性も認知されるようになったとはいえ、まだまだルールへの反映までは難しい問題を多く抱えています。

しかしそこで大きな声で多様性を認めろと異論を唱えると、やはり立場は苦しいものになってしまいそうです。

少しずつ変わってきています、決して暗い未来ではないと思います。

ちょっと今はぐっと堪えて、責めるより好機を待つ時期なのではないでしょうか。

多様性の未来

多様性を認めていく社会。

世界的に広がるこの考え方がこれからどのような可能性を持っているのか。

まずは差別という歴史的に見ても良くない風習が減っていくことでしょう。

肌の色で差別したり、他の人とは少しだけ違う見た目や考え方で差別されるようなことは減っていくはずです。

完全になくすことはできないかもしれません。

それでもそういった差別を受けてきた人達が少しでも過ごしやすい社会になっていくと思います。

また、様々な人達を認め取り込んでいくことで、今までは思ってもみなかったアイデアが生まれたり、多角的な視点で物事を見れることで新たな解決策が見つかるといった変化もあるでしょう。

男女の視点の違い、人種による違い、文化や風習の違いといった様々な違いの中には、想像もしなかった見え方がありますから。

それらが新しいサービスや商品開発に繋がったり、品質の向上を助けたり、多くの人が利用しやすい環境を整えることになると思います。

そして何よりも、個人の意識や考え方、文化や価値観によって縛られない活躍の環境も広がっていくでしょう。

人種や性別をはじめとした差別によって不当に低く見られてしまうようなことが減れば、今までは踏み込めなかった分野に進出できる機会も増えていきます。

それによって活躍できる場面の多様性も広がり、可能性の未来が増えていきますね。

しかしながら、全ての多様性を認めていくことが難しいのもまた事実です。

先ほどお話したお風呂の区分についてもそうです。

単純に区分を4つに増やすなどすれば解決するでしょう。

しかしそれを実現するには多くの資金が必要ですし、物理的に不可能である要素もあるでしょう。

文化的に相反する考え方を持っていたり、どうしても受け入れられない価値観や倫理観もあるでしょう。

差別するのではなく、住み分けることが必要なことも多くあるはずです。

また、言語の壁を超える手段もまだ確立したとは言えません。

スマートフォンなどのデバイスやAIの発達により解決はされると思いますが、自分の言語で話してもすぐに翻訳されるようなデバイスであったり、そういった手軽さが今後も必要になってくるでしょう。

また、多くの文化や価値観を受け入れようとすることに偏ってしまい、結果的には現地民の文化や価値観を上書きしてしまう、そうなれば軋轢や差別が悪化する可能性もあります。

治世者が体面を意識するあまり世論に誘導されてしまう可能性は高いですし、それでは多様性を認めることを政治の道具に利用したにすぎません。

それぞれの文化や価値観を理解し、共存できる可能性を模索していく、そういった対話や理解が不可欠です。

自分の文化や価値観を認めさせようと意識するのではなく、お互いが受け入れようと努力しなければ実現しません。

やはり最終的にはお互いの思い遣り、心がどう感じるかという部分だと思うのです。

お互いを認め合い、対話を重ねて、共に成長し、心を通わせる。

共存できるような柔軟な思考を持つことができる社会、これこそが多様性を認め合った先に待つ未来であってほしいと願っています。

それでは今回はこのあたりで。

あなたの大切な時間で読んでいただき、ありがとうございました。

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