こんにちは、桐生真也です。
今回は少しだけ、私の思いを話していこうと思います。
面白い話でも、為になる話でもありません。
どちらかと言えば、鬱陶しいなとか、苛立ちを覚える方もいるかもしれません。
でもこれを読んで、誰か一人でも、顔を上げられたら嬉しく思います。
感じている不安が少しでも減る人が増えてくれたらと思います。
拙い文章ですし、上手く伝えることができないかもしれませんが、どうかご容赦ください。
見えない不安に負けてしまいそう

ゆっくりと歩いてくるように、時間が過ぎていきます。
毎日色々なことが起きているけれど、それでも穏やかに、しっかり時間が進んでいきます。
誰にも平等に時間は流れて、その流れの中で、私はたくさんの不安を感じます。
例えばそれは将来への不安であったり、目の前の問題であったり、過去からのしがらみであったり。
例えばそれはお金のことだったり、コンプレックスのことだったり、人間関係のことだったり、失敗したことだったり。
時の流れの中で、それはどんどん大きくなっていって、胸がきゅっと苦しくなる。
時には人生を終わらせてしまいたくなるような、そんな不安に押し潰されそうになります。
どうしてこうなってしまったのだろう、どうして自分は何もできないのだろう。
周りを見渡すと、人々の笑顔がそこにはあって、どうして自分だけが苦しいのかなって、もっと心が潰れそうになる。
悩んでいること、苦しんでいること。
誰かに言いたいのに、笑われたり、相手にされなかったりするのが怖い。
解決できなかったり、乗り越えられなかったりするのが不安。
まだ決まっていない未来に見えない不安を抱いて、だけど何をすればいいのか、それは正解なのか、間違えてしまうのではないか、そんな見えない不安に負けてしまいそうになる。
嫌なことも苦しいことも、逃げ出したい。
でも逃げられない。
現実は容赦なく目の前にあって、自分にはその現実から抜け出す勇気も、力もなくって。
歩き出そうとした足が震えて、一歩も前に踏み出せなくて。
結局は同じところで、とりあえずの平穏を受け入れて、不安をどうにか忘れようとする。
今のままでも仕方ないよね、だって私には何もできないんだから。
そうやって自分を誤魔化して、今だってどうにか笑って、不安を押し殺している。
叫びだしたいくらい怖いのに、助けてほしいくらい不安なのに。
誰も助けてくれないでしょう?必死に頑張れって言うでしょう?
努力をしてきて、頑張ってきて、周りはそうしてきたから成功している。
私は何か頑張ったか?頑張らなかったからの今なんだろう?
頭ではわかっているんです、理解はしているんです。
できることならやってるんだ、でも怖いんだ、自分にはできないだろうって諦めてしまっているんだ。
消えない不安と、未来への恐れと、できないだろうって自分への諦め。
何もしないくせに、何かしなければ悪い未来が待っているという不安。
不安ばかりの毎日で、動けずに、今日も見えない不安に怯えています。
知るほどに増す無力さや不安

ある時にふと、いつもよりは不安を感じていない自分に気づきました。
不安がなくなったわけじゃない、だけどちょっと調べてみようかな、そんな気持ちになったのです。
そんな気持ちのまま、以前見かけたブログで稼ぐ方法を調べ始めました。
驚くほどにたくさんの情報があり、誰もが月数十万円や数百万円を稼ぐ人たち。
しかし、調べるほどに、再び自分には無理だという考えが頭を過ぎります。
私はクリエイティブなタイプではない自覚があるし、何かを必死になってできたこともない。
まさに必死さや泥臭い根性のような何かが欠けているのはわかっているから。
途中で投げ出したことばかりで、面倒になったり、上手くいかなかったりして、結果が出ないとすぐに止めてしまう。
それでももう少しやってみようと、いくつもの成功者の話を読んだり、勉強したりしてみました。
しかし心の中に渦巻くのは、自分の無力さや、しょうもなさ、そして言い訳。
私はこんな風に走っていけない、がむしゃらに必死に何かをできない。
目的のために目標を決めて実行するとか、時間もお金も消費するのではなく投資するんだと言われてもできない。
知るほどに自分の自信が失われていく。
どうせ失敗する、ならやらない方がいいのかな。
結局そんな風に考えて、調べるのを止めました。
お金だってかかるし、それを無駄にするくらいなら今のままで。
そう思って止めたんです。
それは純粋な思いがくれた大切な言葉

ブログで稼ぐこと、それは諦めてしまいました。
始める前から自分に負けて、逃げ出しました。
可能性があったかもしれないけれど、それを思い描けなくて。
弱いなって思いました、一人で落ち込んでいました。
ただ。
書けるかもしれないって思える記事が、頭の中を巡るんです。
読んでもらえるかどうかはわからないけれど、色々な話が浮かんでくるんです。
忘れることができない、でもできる気もしない。
可能性と不安が一緒になって、
ただどうしても踏ん切りがつかない、無駄になることを恐れて、失敗する不安が拭えなくて。
そんな時に、ある人が言ってくれたんです。
貴方は頑張ってる。
いつも誰かの為に一生懸命で、家のことも、仕事も、ちゃんとできている。
人に優しくできる、それは大切な気持ち。
だから無理しなくていいの、頑張りすぎなくていいの。
きっと大丈夫だから。
根拠があるわけではないですし、具体的に私が何かをできるという話ではありません。
でも、私はこの言葉に、思いに救われました。
ただ純粋に、私を安心させようとしてくれた。
私を認めてくれて、ダメじゃないって、私の弱さを否定してくれた。
一人で折れそうになっていた心を、支えてくれました。
そこから私の気持ちは変わったんです。
失敗してもいいのかな、成功者のように頑張らなくてもいいのかな。
頑張らなければ成功はしないけど、やってみたいって気持ちだけでいいのかな。
誰にも読んでもらえないかもしれない、でもそれでもいいかもしれない。
いつだって止められるよね、だって誰かに強制されたことじゃないから。
共感するということ

たかがブログを始めるだけなのに、そう思いますか?
やらなきゃいけないことでもないのに、大袈裟だと思いますか?
そうかもしれません。
誰かにとっては大袈裟なことであったり、大したことじゃないと思います。
何も不安に感じることもなく、気楽にブログを始める人もいるでしょう。
そんな下らないことで不安になるなんて、馬鹿々々しい。
そう思われても不思議には思いません、私自身もそう思います。
でもね、不安や怖さのカタチは人によって違うんです。
笑っていいことも、馬鹿にしていいこともないんです。
誰かにとっては簡単なことも、誰かにとっては途方もなく難しいことかもしれません。
だからもしも、自分の大切な人や、家族や、友人。
そんな人が辛そうなら、苦しそうなら、まずは知ろうとしてあげてください。
喜ぶことも、怒ることも、哀しむことも、楽しいことも。
人の数だけ違いがあって、100%は理解できません。
その苦しみも、喜びも、完璧に解ることはありません。
だけど共感することはできるんです、知ろうとしてあげることはできるんです。
相手の思いを否定するのではなく、共感し、知ってあげてください。
こんなことで悩む人がいるんだ、そう思ってもいいんです。
ただそんな悩みを持つ人がいると知ることができた、もし自分が同じ悩みを抱えたならどうしてほしいだろう。
どんな悩みであっても、その人にとっては重大なことかもしれないのです。
その悩みを否定されたら、自分自身を否定されたように感じてしまうのです。
「大丈夫だよ、一緒に考えてみよう。」
この一言で救われる心が、確かにあるのですから。
ちょっとだけの第一歩

このブログのタイトルである、”ちょっとだけの第一歩”。
これは私自身のことを指すものであり、このブログのことでもあり、皆さんに向けたメッセージでもあります。
自分ができないことをやっている人を見ると、それができない自分に不安を感じます。
自分だけが感じている不安があると、孤独を感じたり、自信を失っていきます。
そんな不安を感じている人に気づくことができたなら、どうか寄り添ってあげてください。
声をかけるだけでもいいんです、どうしたの?って話を聞くだけでもいいんです。
相手は話すことを怖がって、大丈夫だって言うかもしれません。
「大丈夫、話してみて。教えてほしいんだ、あなたの不安を。」
その不安を直接解決してほしいとあなたにお願いするというわけではありません。
ただ聞いてほしいのです、感じてほしいのです。
こんなに不安なんだ、こんなに怖いんだってことを。
一人でも、自分を見つけてくれる人がいてくれるだけで、少し手を繋いでいてくれるだけで、人は強くなれる時があるのです。
それはすぐに訪れない時かもしれません、とても長い時間を要することもあります。
ですがどうか、手を離さないでください。
繋いでいるだけでいいんです、引っ張ったりしなくてもいいんです。
ただ隣で、相手を見ながら、「どうかな?いけそうかな?いつでもいいんだよ、ちゃんといるから。」と言ってあげてほしい。
それが勇気になるんです。
”ちょっとだけの第一歩”の、その人にとって大切な一歩に。
それでは今回はこのあたりで。
あなたの大切な時間で読んでいただき、ありがとうございました。
Radiotalkで音声配信もしていますので、興味がある方はぜひこちらも聴いてみてくださいね。
番組 #真也のFeelingNight #Radiotalk https://radiotalk.jp/program/155656
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